井筒(いづつ)
ストーリー
初心者にはちょっと辛いかな?でもこれこそ「能」なんです。
奈良の七大寺への参詣をすませた諸国一見の僧が、初瀬へ向かう途中在原寺に立ち寄り、業平とその妻・紀有常の娘の後世を弔っていると、暁に里の女があらわれ、井戸の水を汲んで塚に捧げる。僧が女に問うと、業平と有常の娘に心を寄せて弔っていると答え、さらに伊勢物語の歌を詠んで、
「自分こそ、その井筒の女である」と井筒の陰に消える。その夜、僧の前に業平の形見である直衣をつけた有常の娘の霊が現れ、伊勢物語の歌に詠まれた往事をしのび静かに舞う(序之舞)。しかし、冠直衣姿を井戸に映し、我を忘れて業平の追慕をする姿はおぼろにうすれ、明けの鐘とともに僧の夢は覚める。
解 説
「幽玄の美」「複式夢幻能」「世阿弥」「三番目物、鬘物」…もうこの曲のためにあるような言葉です。
この能には劇的な変化というものがありません。ただひたすら澄み切った透明な世界を作り上げています。すべては、業平の形見の直衣をまとい、井戸をのぞき込み水面に映る自分の姿に業平の面影を見るところに集約されています。他の女の所に行っても身を案じてあげ、業平をただ待つ…まさに女性の鏡!とも言えますよね?しかし、業平はどんな美男子だったのかと思います。中世ではブイブイ言わせていたんでしょうね。以前在原寺(在原神社)に行ったのですが、筒井筒はあったものの、高速道路の脇にありますから車の音がビュンビュン聞こえて愕然と致しました。現代では有常の娘のような一途な愛も、業平のような自由な女遊びも、秋の静寂な在原寺も無いかもしれませんが、どうぞ皆さん「幽玄」を感性で感じてほしいと思います。