融(とおる)
ストーリー
東国から上京した旅僧(ワキ)が、頃は中秋名月の六条河原院を見物しているところに、一人の老翁(前シテ)が田子(桶のようなもの)を荷って現れる。老翁は旅僧に尋ねられるまま、この河原院こそ融の大臣が陸奥の塩釜の景色を移したところであること、大臣が難波の御津の浜から毎日潮を汲んで運ばせ、潮を焼かせて楽しんでいたが、大臣の死後は廃墟と成り果ててしまったことなどを語る。老翁はなおも僧に辺りの名所を教え、田子で潮を汲む様を見せるが、やがて姿を消す。その後、僧が清水寺の門前の者(アイ)に融大臣の所縁を聞き、大臣への供養を行っているところに、融大臣の霊(後シテ)が現れ、忘れがたい河原院で名月の下、典雅な舞を見せ、夜明けとともに月の都へと去って行く。
解 説
『月』をテーマにこの世には永遠というものはなく、廃墟と化した栄華の跡を懐かしみ惜しむといった曲です。そこにかつてのヒーローが現れ、優雅な舞を舞います。
情景も姿もとても美しくきらびやかなのですが、それだけでなくなぜか最後に空しさの残る世阿弥の傑作です。
この能のみどころは全編にわたり月の光の中での「高貴で優雅な美的生活」ではないでしょうか。
河原院での贅の限りをつくした生活は、今のレベルではかんがえられないものだったでしょう。ただ、塩釜の煙を見るためだけに、海水を汲む人千人、焼く人千人を雇っていたそうです。当然それだけ贅沢なものを相続できる訳もなく、それだけに廃墟となった当時は凄まじい様子だったのではないでしょうか。
今はもう滅んでしまった「高貴で優雅な美的生活」への憧れ、追憶、、または逆に哀れみなどを感じ取っていただけたらいいのではないでしょうか。
この曲は珍しく僧が読経せず、融の霊を「月の精」的に昇華させ舞の小書も様々あります。特に「十三段之舞」は、早舞五段、早舞五段、急之舞三段というまさに舞尽くしの小書です。