2.の役の種類流儀について

シテ方

を上演するうえで最も多くの役を担当するのがシテ方です。能の主役であるシテ、及びシテツレと呼ばれる役もシテ方が担当します。また、能によっては子供(子方)が登場しますが、それも基本的にはシテ方の子供が勤めます。斉唱部分を担当する地謡もシテ方の担当です。大道具(塚、車など)も一回の公演ごと作ります。 また、舞台の後座に控えて装束の乱れを直したり、小道具を渡したり、舞台の進行を助けたりする後見もシテ方の仕事です。

観世流

観世座は、観阿弥に始まり、「観世」という名称も観阿弥の幼名に由来します。観阿弥の子世阿弥が二代目で、能楽師のバイブルともいえる「風姿花伝」などの伝書を残しています。有名な言葉に「初心忘れるべからず」などがあります。能の特徴である複式夢幻能を作り出したマルチスーパースター。世阿弥の子元雅が早生したため、おいの音阿弥が継ぎました。室町時代に幕府の保護を受けていたのは、観世座だけで、江戸時代には四座の筆頭を占めた。現在は五流最大の勢力をもち愛好者が最も多いです。

 

梅若家

は、丹波猿楽の出身で応永年間(1394〜1428)の演能記録が残っています。文明3年(1481)梅津景久16歳のとき、後土御門天皇に禁裏に召され そのとき「芦刈」を舞い、「若いのによく舞ったと」若の字を賜り名を梅若となりました。織田信長は梅若大夫を後援し、豊臣秀吉が梅若大夫を観世座のツレ家としたので、以後梅若家は観世座の一員として活動しました。明治維新後、梅若実が能を復興し観世流の代表的な演者として活動したため、梅若流独立問題が起きましたが昭和29年に解決、現在は観世流に復帰し六郎家、万三郎家、猶義家を中心に活動しています。

宝生流

宝生流の祖は観阿弥の長兄宝生大夫。宝生は大和猿楽の外山座(とびざ)に加わっていましたがd、外山座は座の中心的役者宝生大夫の名を取って宝生座と呼ばれるようになったらしいです。宝生座は室町時代に興福寺の薪能や春日神社の若宮祭りに参勤していましたが、系譜は明らかでないようです。室町時代には小田原の北条氏に保護されていました。江戸時代には、能を溺愛した綱吉が、宝生座を贔屓にし、加賀藩が宝生流中心になったのもこの時期です。現在は観世流につぐ勢力をもっています。

金春流

遠祖は秦河勝(はたのかわかつ)、下掛り諸流(観世、宝生の上掛りに対し、金春、金剛、喜多流の三流をいう。)の中で最も古い家柄であります。奈良を本拠地とし、興福寺、春日神社とのかかわりも深いです。また、実質的な流祖世阿弥時代の金春権守(ごんのかみ)は「申楽談義」にもその名を留めています。その後も、世阿弥の女婿金春禅竹、禅鳳などの能役者を輩出しました。江戸時代には、観世流、宝生流に押され気味でしたが、古式を守り続け今に至ります。

金剛流

金剛流は古くから法隆寺に属した猿楽座の坂戸座に参加する形で形成されたらしいです。世阿弥時代の金剛権守は、重厚で幅のある役者と評されています。室町から江戸時代には、流勢があまり奮わず、7世金剛氏正が没してからは大和猿楽伝統の芸は絶えてしまいました。その後、23世金剛右京の死で、坂戸金剛は、消滅。現在は弟子家の野村金剛家の金剛巌が宗家。「舞金剛」といわれるような型どころの多いい舞いが特徴です。

喜多流

江戸時代に確立した下掛りの流派で、流祖は七太夫長能。名の由来は、彼が7歳から能を舞っていたからであるといわれています。長能は、金剛座の役者で、金剛大夫弥一の養子となったものの、、弥一没後実子が成人すると実子に大夫を譲り、喜多流を樹立しました。明治維新後一時は、廃絶の危機に直面しましたが、14世六平太という名人を生んでいます。

芸風は武士道的精神主義が濃く、ガッシリしています。

ワキ方

主役であるシテの相手役で、必ず現実の人間として登場し、面をつけず(直面)ワキ、ワキツレともに常に男の役を演じます。(唯一の例外として邯鄲で、夢中の勅使として現れる。)曲中では、観客の「目」として見る役と、主役と対立したり共演する役とに分けられます。シテが非現実的な存在に対して現実的な実存性を強調しています。

流儀には現在、福王流、下掛宝生流、高安流の三流が残っています。

囃子方

楽器の種類には笛、小鼓、大鼓、太鼓、があり、四拍子といいます。それぞれに専門の演奏者がいます。上演に際しては、各楽器の担当者が一人ずつ座して演奏します。ただし能の曲によっては太鼓が入らないものや、「翁」のように小鼓が、三人登場するのもあります。囃子には、謡いとともに演奏するのと、役者の登場、退場、舞いなど楽器だけで演奏するのがあります。指揮者も譜面もないのが特徴で、役者の心理、場所、状況を象徴的に表現し、気分を醸し出すことを目的としています。

狂言方

能と独立して上演するものと、能のなかで狂言方が演じる部分があります。その演じる役を、間狂言(あいきょうげん)といいます。シテの中入り(前場と後場の間)の間に、その土地の住人として現れたりして名物、名所、曲のストーリーを説明する役割をしています。またアシライ間は、シテ、ワキの間に入りせりふや所作の交渉する役をいいます。(能の詞より随分ストーリーを理解しやすく親しみやすいです)

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