鵺は流れて

神戸の東、芦屋、西宮は近代の文人が好んで居住したところです。海と山が迫るロケーションも、交通の便も良いためでしょう。芦屋と西宮の北(甲陽園、苦楽園)は今も高級住宅街。門から玄関までながーい道が続くお屋敷もたくさんあります。私には一生縁の無い場所でしょう。(うっうっ…)

芦屋・西宮は阪神・淡路大震災で大きな被害を受けてしまいましたが、多くの課題はあるものの、また、美しい街に戻っています。

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芦屋川河口付近・鵺塚

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阪神芦屋駅は芦屋川上にかかる高架の駅。駅からは海が見えています。駅を降りて浜側(南側)に向かって歩いて行くと、川沿いに松林(公園として整備されています)があり、その一角に「鵺塚」といわれる小ぶりの石碑がたっています。

頼政に討たれ、「うつほ舟」に押し込められて淀川に捨てられた鵺は、難波の海を漂い、芦屋浜に流れ着いたのでしょうか。石碑の横には鵺伝説の説明板もつけられています。

石碑はまだ新しいもののようでしたが、石碑があるのは河口付近、数百メートル歩けばもう海に出ますから、鵺の流れ着いたところとしては信憑性(?)があります。

♪〜古き歌にも蘆の屋の 灘の塩焼暇(いとま)無み〜♪

いにしへは蜑人がほそぼそと塩焼きをする閑村だったのでしょう。今は、大邸宅が立ち並ぶ高級住宅街。鵺塚のすぐ隣はテニスコートで、猛暑にもかかわらずプレーを楽しむ人々の歓声があがります。河口の河原ではバーベキューを楽しむ人、愛を語るカップルがちらほら。ただ整備されているとはいえ、松林のほの暗い木陰は、鵺の魂をまだやさしく迎えてくれるかもしれません。諸国一見の僧が泊まった州崎の御堂の代わりに交番がありますよ、鵺さん。

曲の解説

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