源平夢の跡 〜「敦盛」「玄象」「須磨源氏」〜

神戸市の須磨一帯は謡跡の宝庫であります。今回は一の谷といわれた須磨海岸周辺を歩いてみたいと思います。

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須磨寺(福祥寺)

(すまでら・正式名はふくしょうじ)

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平安時代の初期に創建された真言宗のお寺。重要文化財の仏像や仏画がありますが、そんな難しいことはこっちへ置いといて…。

源平合戦の地にあったためか、それにまつわる史跡と遺品(伝説上のものがほとんど)が多いお寺です。有名なのは一絃琴(須磨琴)の保存と継承。この一絃琴は須磨に流された在原行平が無聊を慰めるために考案したと言い伝えられるもの。私がここをたずねた時も、一絃琴らしい包みを抱えた老婦人が境内を横切っていらっしゃいました。お稽古かな。

宝物館に敦盛が大切にしていた「青葉の笛」とそれを写した「高麗笛」(青葉の笛よりもかなり細い)と呼ばれるものが、仏壇のような観音開きの箱に入って、展示されています。(残念ながら写真は撮ることができませんでした)

 

♪身の業の。好ける心に寄竹の。好ける心に寄竹の。小枝(さえだ)蝉折(せみおれ)様々に。笛の名は多けれども。草刈の吹く笛ならばこれも名は。青葉の笛と思し召せ。住吉の汀ならば高麗笛(こまぶえ)にやあるべき♪

うーん、ホンモノなんだろうか?(因みに白州正子さんは著書の中でこの笛にふれて、「狂言綺語もそこまで徹底すれば、お見事といいたくなる」と述べられています。ということは、やはり…)

GWというのに境内は静か。すぐ後ろの山の藤と、境内の新緑がほんとうに美しく、清々しい気分でした。若葉の艶やかさを眺めていると、十六歳で散った命がこの新緑に一瞬の再生を許されているのだと感じてしまいました。(ちょっと気取りすぎ?)

村上帝社・関守稲荷神社・現光寺

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村上帝社というのは小さい稲荷神社。謡曲「玄象」(「絃上」)でおなじみ、藤原師長が唐へ琵琶の修行に渡るためにこの地に赴いたとき、村上天皇と梨壷女御の霊があらわれ(前シテは老夫婦)琵琶の妙と名器「獅子丸」を授けたと伝えられるところです。

古代ここに前方後円墳があり、それが琵琶の形に似ていたことからこの伝承が生まれたということです。この前方後円墳は、現在では山陽電鉄の線路に切断されて(というのかな?)墳丘としての形はなくなってしまいましたが、この社と「琵琶塚」と書かれた石碑だけが残っています。

関守稲荷神社は「史跡須磨関屋跡」という石碑があるので、この名がつけられているお社です。この一帯の地名も「関守町」です。

「淡路島 かよふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守」

源兼昌の歌が大変有名で、謡曲「敦盛」でも後シテのサシで詠われていますが、この石碑は明治のはじめ、この近くの現光寺の裏から掘り出されたのがここに移されたもので、歌枕として有名な須磨の関も実際はどこにあったのかは正確にはわかっていないそうです。

さて、その須磨関屋の石碑が掘り出されたという現光寺ですが、境内の入り口に「源氏寺」という石碑がどーんと建てられています。謡曲「須磨源氏」ゆかりのところという説明の立て札もとなりに立っていますが、もともと光源氏というのは架空の人物であって、ゆかりの寺といわれても…。

おそらく、光源氏→源光→現光という音からそうなったのではと想像しているのですが…。お寺は現在改築工事中で石碑だけ撮りました。

「敦盛」「玄象」「須磨源氏」の解説
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