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「生田の森全景」 周囲はビルが林立していますが、ここは全く別空間。 三宮で源平時代へのタイムスリップが味わえる唯一の場所。 |
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右は生田神社本殿。震災で倒壊しましたが、このとおり、見事復活。
でも、「生田さん」は古来より災害救助の神様だったはず…。その神様でさえ、被害に遭った阪神・淡路大震災。あらためて亡くなられた方へ哀悼の意を表します。
生田さん、今は「防災の神」から「縁結びの神」へ転職されました。
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これが、梶原源太景季が挿したといわれる「箙の梅」。もちろん「代替わり」しています。残念ながら、取材した時はまだ花は咲いていませんでした。で、代わりに社務所近くに咲いていた白梅を撮りました。(一応、能「箙」で景季が持つのは白梅枝なので…)近くに住んでいながらまだ「箙の梅」が咲いているのを見たことがないのです。
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「梶原の井戸」
景季のお父上、梶原景時がこの井の水を汲み、生田の神に戦勝を祈願したということです。また、景季がこの井の水を掬った時、咲き誇った梅の花影が映ったという言い伝えから、一名「かがみの井」ともいわれています。左はその折、景季が詠んだとされる「けふもまた 生田の神の恵みかや ふたたび匂ふ森の梅が香」の歌碑。
梶原景時は後世の「判官びいき」から、義経の敵役として悪者のイメージが定着してしまいましたが、「平家物語」では情に厚い武将として描かれています。源氏政権樹立の功労者であったにもかかわらず、後は北条氏の陰謀か、一族が滅ぼされ、「源平の花」の一人であった景季も悲劇的な最後を遂げます。「生田の森」は景季の最も輝いていた時の、まさしく「夢の名残」の地であったといえるのでしょう。
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